弟子筋コラム  
隻眼先生の環境マンダラ(連載第7回)

        総粉飾決算国家・日本

 今月は神話に終止符を打つ研究をテーマに予定していたが,現実世界はもっと風雲急を告げているだろう.イラクでのアメリカの欺瞞,謀略,捏造,ヤラセ,煽動などが起こっているかもしれないし,自民党の総裁選と衆院解散の駆け引き.憲法調査会が「国民に国家防衛義務」「軍隊の保有」「天皇元首制」をちらつかせ(『毎日』5月3日1面トップ),「個人情報保護法案」の採決や沖縄返還記念日の「有事関連法案」通過など, 毎日憤慨してばかりではないか.
 4月末に私は京都芸術劇場で「わらび座」のミュージカル「アテルイ(原作・高橋克彦)」を観たのだが,征夷大将軍坂上田村麻呂と蝦夷(愛瀰詩(えみし)=母なる北上川の歌の意)の首長アテルイ(田村麻呂の幼馴染)がBushとHusseinに重なりあってしまった.最後にアテルイは弟とともに京都で斬首される.
 先生は,「流石君,世界でも日本でも,歴史的には朝廷と蝦夷の関係を繰り返してきんですよ.不愉快だろうが,そういう類推をいつも働かすことが隻眼の要諦で,その結果頭の中の抽斗がひとつ増えるのです」と慰めてくれたが,私がまだブツブツ言っているうちに,上の題目が決まったのである.

ピーターの法則が支配する政・官・業
 「政や官のやり口は本当に汚いねー.有事でも情報でも教育でも憲法でも,一見別々のように見えて裏では皆繋がってマンダラ状になっているのよ.なぜこうなるかの理由のひとつは,「起・承・転・結」の順過程で一元方程式化するからです.もうひとつは,The Peter's Principle (L. J. Peter & R. Hull, 1956)でしょうね.つまり,大きな組織では職階的な層が多くて,出世するほど人間は無能レベルに近づくのです.だから社長・会長は代表権にしがみつくだけで本来の経営ができていない.当選回数だけで政治が壟断されては国民はたまったものではない.最近の『選択』にはこの種の話題が満載でしょう.流石君も思いついたものを挙げてごらんよ.」 
 構造改革で何をしたのかの質問に対して,小泉は「特区」と答えたが,あんなものに大臣の認定が要るとは思えない.各自治体がみずからリスクを負って勝負に出ればよいのだ.「そう,鴻池祥肇は扇 千景の高校の後輩ですが,卒業の追試で大カンニングをしたのです.後でこっそり事実を教えてあげよう.」
 猪瀬直樹がひとり頑張っている道路公団民営化も影が薄くなった.総裁の藤井治芳は,民営化の答申にそって財界から顧問を3人招いたが,この3人を上から押さえつける極秘人事を済ませたという(『選択』5月号).今井 敬・中村英夫の2人の委員は,もう答申書を見るのも嫌だ、と新聞紙上で堂々と述べている.日経新聞の会長(鶴田卓彦)にからむ内紛はもっとすさまじい(同誌3〜5月号).クラブのママ2人が実名で登場して,色事だけでなく人事にまで容喙しているようだ.でも新聞は毎日キチンと出ているのは,まさにトップは不用の証拠だろう.まだまだあるぞ.だいぶ前に破綻した旧長銀の頭取杉浦敏介が退職金を25億円も取っていった(佐高 信『こんな日本に誰がした』講談社文庫)などは,怒りを通り越して噴飯ものではないか.
 「でもInternetで検索するともっと激しいですよ.会社の上司はトップではなくバカだ,とまで書いてある.田中耕一しか売物がない島津の社長は果たして彼の仕事を知っていたか.アサヒビールの現場が提案したSuper Dryは,何度も重役会が否定したという経緯があります.不良債権問題でも同じで,最初に表面化した住専の大物だった末野興産の末野謙一は,90年代の中頃にはまだ大きな顔でTVに出ていたし,その頃評判になった大銀行のMOF担が金融官僚を下半身接待したのは楼蘭というキャバクラで,そこで不良債権隠しの指南を受けていたに違いないですね.楼蘭の顧客名簿のトップには現日銀総裁の福井俊彦の名前が(それから世界水フォーラムの尾田栄章も)載っていますよ.」

市民の末路:頭隠して尻隠さず
 −庶民はまさに憤怒の海に溺れそうですね.しかし,25億でも250億でも,われわれにはピンときませんね.「そう大企業・大銀行と自民党が結託したら怖いものなし.国民の貯金が1400兆円あるというけれどね,この1人当たりの額からウッスラとピン撥ねする形で,それが25億円なり債券放棄の穴埋めの公的資金になる仕掛けがありますね.例えば財政投融資.閣議決定だけでおカネは動きます.なら貯金を引出せばよいのだが,箪笥預金はもっと危険だし,皆が引出しに押しかけてもそんなおカネはどこにもないはずです.全部高速道路に化けているか,アメリカの国債になっているか,でしょう.株価が額面を大きく割っている熊谷組には技術力があるといって,破産に追い込むこともできずもたもたしている間に,中小企業はバタバタ行く.本当に技術を持っているのは中小企業の社長連ですよ.」
 先生の言いたいことを代弁してみようか.少々下品だが,庶民はいつのまにか褌も腰巻も剥ぎとられて素裸同然,しかし個人情報保護法などでごまかされ,有事のほうは民主党が頑張ってくれて安心している!もっと先を読めば,DNAが帽子だけ被って歩いている状況に追いやられ,その帽子たるや「住基」という名のネット編みだというわけか.
 「『選択』5月号にはもっと恐ろしい報告があったでしょう.年月は伏せてあったが,昭和天皇が防衛庁長官に日本には核武装は不要なのか,と尋ねたというのです.そこまで宸襟を悩ませたのかと恐懼する間抜けもいるだろうが,今研究させております,という長官の答えのほうが意味深長ですね.ポスト小泉を狙っている奴はアメリカともう密約を結んでいるのでは,と僕は疑っています.非核三原則や非核都市宣言も形骸化しているよねー.アメリカから安保破棄の先制打が来ますよ.5月3日には東京で改憲派も護憲派も集会をやっていましたね.人数は両方とも300人位でしたが,僕が少しだけ安心したのは,後者は男女半々で若者が多かったことでした.でも前者は主にドブネズミ色の年寄りで,壇上には(6)回めで名指ししたM・Sもいて,社会的発言力は明らかにこっちのほうが大きいでしょう.」
 「Bushらはイラクの民主化は日本がモデルだと言ってますが,John Dower(MIT, 近代日本史)は5月1日のニュース23で,あれは建前で本音は沖縄がモデルだと言い切りましたね.沖縄が東アジア,イラクが中東,それぞれアメリカの睨みの拠点になるのです.日本本土の民主化が大成功したのは,東京裁判で天皇が戦犯にならぬようにアメリカが誘導したからです.Dowerの『敗北を抱きしめて(上)』(岩波書店)に詳しく書いてあります.」

市民的不服従の道を探そう
 ではわれわれ庶民はどうすればいいのか.少なくとも(1)で論じたように,お盆の上の大衆は失格だ.さっきの順過程の一元方程式を卒業して,逆過程も含む多変数・多元連立方程式を想定すべきなのだろう.これは『選択』5月号の大森義夫の論説「インテリジェンスをもう一匙」にも情報分析の方法として述べてあった.でも変数の数より方程式の数のほう少ないだろうというのが困りものだ.
「多元化には脳の抽斗をsmoothに開閉する必要があり,そのためには映画・演劇・音楽や小説などで右脳を鍛えよ,と大森は言っていたでしょう.さらに異性もです.方程式の数が不足でも曖昧な答えは導けるので,ここからが環境計画の領分になるのですが,今日は多元化だけに絞りましょう.個人の情報保護とも関連して,ITを自家薬籠化することが第一です.僕自身もまだ修行中ですけどね.」   
――ITのレベルはどの程度が目標ですか.私の周辺に原稿はワープロで書くが,E−mailには頑固に手を出さない人がいます.そういう人はYAHOOの検索もしないわけですよね.
「ITレベルの規定は難題ですが,ノンフィクション作家の山根一眞に倣えばいいですね.僕はまだ足元にも及ばないが.YAHOOの抽斗はとにかく膨大,まるで密林です.まあHPを作っていくつかのMLに入っておけば,次々とlinkされていくから,毎日少しずつ操作しておれば自分の頭の抽斗も増えて,老化防止にもなりますよ.多数の市民がこういうIT挙動に出たら,政治や行政に対する「市民的不服従」の権利が行使できそうです.僕はこれを枝川公一の「ネットを駈けめぐるイラク戦争」(『潮』03.5)でみつけました. 開戦の日にアメリカからもイラクからも最初の爆撃と同時に,ともに反戦のmessageがたくさん届いたそうです.多分,メディア規制法ではこういう勢いは制止できないでしょう.市民的不服従は日本語としては新語なのに,YAHOOでは454件もヒットしました.この延長上にギリシャ時代以来「女の平和」を意味するLysistrata Project(女性のsex拒否)の声も起こったそうで.86年のChernobyl'事故の直後にFinlandの妻たち4000人が, 90年までに原発廃止を政府が決めなければ子供を産まない,と声明したのも同類ですね.」 
                 (流石 さざれ/評論家)