■『平野に乱を』
1991年6月1日 環境会(大阪大学環境工学科同窓会)講演レジュメ



1 平野とは? 乱とは?

 平野とはもちろん、あるていどのひろがりをもつ平坦な土地のことである。これを最近の社会状況にたとえておきたい。<族>君が謳歌されピーヒヤラが歌われスーダラ節が復活した社会でもある。のちほどこれを環境社会にもあてはめることを試みる。

 乱とは本来騒乱や戦乱を指すが、相続/家督争い型や一揆的なものでもない。これらは必ず自然消滅するか平定される運命をもっている。平定とはもとの状況に戻すこと、転じて、現在が平和であるという前提での社会状況の維持を意味する。ひとつの典型は、美浜第2原発関連で関電のトップが奔走している図である。

 工学部の就職は相変わらず絶好調、だが短寿命のgadgetつくりに専念させられていても、傷つけられたプライドの噴出はみられない。<地球にやさしい>コピーは横溢しているが、マネー・ハイテクなどとともに、「大衆がみずからの低俗性を権利として確立した」証拠になっているのではないか。平野のなかに矛盾・葛藤・逆説を見出してその中で身を持す精神こそが<乱>である。



2 小さな乱の実例について

 5年前に西部 邁が指摘した社会科学の落日は、湾岸戦争をキーとしてアメリカの退潮(価値・理念の放出停止、知性水準の設定失敗)を論じた石川 好の最近の論考と驚くほど一致している。両者とも、未来を語る「激しく、力強く、感動をよびおこす」言葉の必要を説く。西部は東大を辞して乱を挑み、石川はアメリカで使途指定型の10ドル運動を起こしたが、ともに成果は未知である。

 科学への自由をいう以上、伝統からの自由があってこそ未来が語れるはずである。衛生工学がパラダイムを固守し、環境科学が現勢力の平衡をはかろうとする以上、それは低俗化=自己懐疑回路の喪失となる。環境分野が辺境にありながら繁栄しえたのは、他の工学も繁栄して相互の摩擦がなかったからである。これまでの「日米関係と同じ」で、「両者の決定的な対立こそが真の理解を導く」。
 
 田中三彦(『原発はなぜ危険か』岩波新書)は、乱を意図して日立を辞めたのではなかったが、『BOX』に支援され、圧力容器の設計に関して「技術者が価値判断を停止し組織の目的に向けて自己超越する」、「パッシヴ・ソーラーにはハイテクよりローテクだ」、と感動的に語りかけている。しかし一転して反原発を強調しているのではない。

 諫早湖淡水化計画で小乱を起こした私の場合は、慢性的渇水の長崎へ水道水をも供給する南総計画で、水質検討委員会が技術力を前提して<可>と書けば平野に波はたたなかった。しかし3つの怒りから、ppm議論を一切排除し、前提を対策にすりかえる諮問の欺瞞性をついた文章と、これにマスコミがくいついてくれたこと、地元住民の支援をえることで一応は成功した。女子大文学部で原子力概論を講じることも小乱の一種と考えているが、まだ適切な言葉の体系ができていない(1994年現在は、敢えて環境学を越えた観光学に挑戦中)。



3 城塞を出でていざ平野へ!

 ここでいう城塞とは浄水場や下水処理場のことで、おそらく、原発も供給処理施設というカテゴリーでは同類であろう。これら砦の中では外側の需要という名のもとで猛烈な競争が行われているのだが、これは乱ではなく、いわばハイテク競争にすぎないから、全員が戦っているわけではなく、このほうが安価でもある。いかなる分野にも工学の中の衛生のような最底辺があって、そのなかの水道でもまた土木屋を水質分析家が支えている。水問題に関する問題意識は、拙著『環境学への道』(思考社、1982. pp.108-110)に書いてある。

 城の砦とは、最底辺にいる技術者が「われわれことが社会を支えているのだ」という自己設定した価値基準=哲学なのだが、環境技術にとっての背面の壁とは海や空の自然容量であり、またいくつかの法律でもあった。わずか1人の環境剣士でも1本の刀で当面の無数の敵を壁の隅におびきよせて1人ひとりを切り倒すことができた。しかし壁もみえにくくなっている。特に環境剣士がドラマの主人公になりえなければ、「○○博士」のように地球を救うことはありえない。

 城塞を出るためには、大小の太刀(正当技術と周辺技術)、飛び道具(情報技術)などを用意して、さらに決め手としての無手勝流(戦略と言葉)にも習熟しておくべきであろう。