■末石環境塾とは
 末石冨太郎先生は弱冠27歳で京都大学工学部の助教授に就任し、以後44年間にわたり教鞭をとられてきました。京都大学、大阪大学、京都精華大学、滋賀県立大学で教えた学生のかずは数知れず、多くの弟子たちを世に送り出しておられす。

 また、1977年という早い時期から「大学と地域の結合」を提唱し、1992年に(財)千里リサイクルプラザ研究所を設立、市民研究と環境ネットワーク形成を実現しされました。

 「他人がやらない課題を10年早くみつけて、大勢が気がついたときには手をひく」という研究スタイルでつねに時代の先を読み、自ら先陣をきって挑まれる姿は、多くの人々を魅了されています。

 このページは、末石冨太郎先生退官記念祝賀会(2001年5月19日)を契機として立ち上がり、ゼミ卒業生が中心となってボランティアで運営しています。これまでの末石先生の遠大なる足跡を私たちが少しでも受け継ぎ後世に残すための記録として、また、先生が築いてこられた環境学の曼陀羅を有機的につなげることを目的としています。

 これから環境学を学ぶ方、仕事で環境問題に取り組んでおられる方、大学で働いている方などに幅広く役立つページを目指しています。先生の門下生であるかどうかに関わらず、どうぞ気軽にご参加ください。




末石冨太郎先生の略歴

 1931年 神戸市に生まれる
 1947年 兵庫県立第一神戸中学校本科第4学年終了
 1950年 京都大学第3高等学校理科卒業
 1953年 京都大学工学部工学科卒業
 1955年 京都大学大学院研究奨学生退学
 1955年〜58年 大阪市水道局勤務
 1958年 京都大学工学部助教授
 1963年〜64年 カナダ国立科学研究所研究員(MacMaster大学)
 1967年〜75年 京都大学工学部衛生工学科教授 水道工学講座担当
 1973年〜77年 京都大学経済研究所教授
 1974年 大阪大学工学部環境工学科教授 水資源工学講座担当
 1977年2〜4月 西ドイツ ドルトムント大学環境計画研究所客員教授
 1991年 大阪大学名誉教授
 1991年〜95年 京都精華大学人文学部教授
 1992年〜2001年 (財)千里リサイクルプラザ 研究所長
 1993年 京都精華大学大学院人文学科研究科長
 1995年〜2001年 滋賀県立大学環境科学部教授
 2001年 滋賀県立大学名誉教授

土木学会環境システム委員長、日本リスク研究学会会長、社会・経済システム学会副会長などを歴任。東北アジア問題研究所長。
環境社会システム、環境惰報論、リスク管理など環境学全般を専攻。
著書には『都市環境の蘇生』(中公新書)、『水資源危機』(日経新書)、『環境学への道』(思考杜)、『都市にいつまで住めるか』(読売新聞)、『環境学ノート』(世界書院)などがある。




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似顔絵:京都精華大学美術学部の留学生東君が描いたもの

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